「ランニングの代わりになる薬」の実現が近づいている:米研究結果
http://wired.jp/2017/05/22/running-drug/
米ソーク研究所のチームが、運動したときに活性化される遺伝子を、実際には運動することなく活性化させる方法を発見した。高齢者や病気の人など、走ることができない人にとって有益な薬の開発につながる可能性がある。
ランニングの代わりになる薬と聞いただけで
また人間が楽をしようとしているな(笑 と 通販ショップTVみたいな印象を持ったけれど、運動(走る)をしたくても出来ない人のために
有益な薬の開発につながる可能性があるらしい。。。
確かに今、健康で走ろうと思えば走れるが走らないだけのわたしは
楽したいのだなと穿ってみてしまうが、
何かしらの理由で走ることが出来なくなったとき
人は出来ないことや失った者への渇望によって挑戦したがるのかもしれない。
そういう意味では走るという一見単純な活動も
すばらしい経験なのだなーーーとか感慨深い。
だからといってわたしは薬には批判的だ。
こういう薬はきっと開発者の意思や希望を無視して
前述の楽して運動した気分になる・・・ようなことに利用されるのだろうと思う。
人は年をとると何故か走ることが好きになる人が多いと感じているのですが、
それはランニングハイの状態が瞑想のような状態(フロー?)を作り出すのかもしれないなと思います。
瞑想はまず自分の呼吸に集中します。
ランニングも自分の呼吸を感じてまず走ります。
吸ってーー、吐いてーーー、吸ってーー、吐いてーーー。
ほら似ていますよね。
やっているうちに呼吸に集中して状態から抜け出して
自分の内側へ入っていく感じです。
こんなことを考えるとやはり、自分で経験できる(=走ったり、運動できたりすること)は素晴らしいです。
薬では生身の身体で得られるほどの感動はなさそうだと
敬遠気味です。
お父さん、いつもありがとう。
コメントを残す